使い方
- 西暦 → 和暦 — 日付を選ぶと、その日の和暦表記が出ます(初期値は今日)
- 和暦 → 西暦 — 元号と年を入れると西暦の年が出ます。「平成32年」のように実在しない年も、それが指していると考えられる年を案内します
- 早見表 — 元号ごとに西暦との対応を一覧で確認できます
元号と西暦の対応
和暦の年 = 西暦の年 − 元号が始まった年 + 1
たとえば令和は2019年に始まったので、2026年は 2026 − 2019 + 1 = 令和8年になります。ただし改元があった年は、月日によって元号が変わるため、年だけでは決まりません。
| 元号 | 開始 | 終了 |
|---|---|---|
| 明治 | 1868年10月23日 | 1912年7月30日 |
| 大正 | 1912年7月30日 | 1926年12月25日 |
| 昭和 | 1926年12月25日 | 1989年1月7日 |
| 平成 | 1989年1月8日 | 2019年4月30日 |
| 令和 | 2019年5月1日 | — |
改元の日は「即日」と「翌日」で扱いが違う
元号が切り替わる日の扱いは、時代によって異なります。
明治→大正、大正→昭和は「即日改元」
天皇が崩御されたその日から新元号が適用されました。そのため1912年7月30日は明治45年でもあり大正元年でもあり、1926年12月25日は大正15年でもあり昭和元年でもあります。1日が2つの元号にまたがるのはこのためです。
昭和→平成は「翌日改元」
昭和天皇が崩御されたのは1989年1月7日ですが、改元の政令が「公布の日の翌日から施行」と定めたため、1月7日は丸ごと昭和64年のままで、平成元年は1月8日から始まりました。元号法(1979年)のもとで初めて法令に基づいて行われた改元です。
平成→令和は生前退位による改元
2019年4月30日限りで平成が終わり、5月1日午前0時から令和が始まりました。あらかじめ日付が決まっていたため、切れ目なく移行しています。
明治の開始日には複数の説があります
このツールでは、改元の詔書が公布された1868年10月23日(旧暦の慶応4年9月8日)を明治の開始日としています。ただし詔書自体が「慶応4年の元日にさかのぼって明治元年とする」と定めているため、暦の上での明治元年は西暦1868年1月25日から数えるという考え方もあります。また明治天皇の即位の礼が行われた日(1868年10月12日)を実質的な区切りとする見方もあります。書類の年代を扱う際は、この違いが影響する場合があることにご注意ください。
出典
- 内閣府「元号について」 — https://www.cao.go.jp/others/soumu/gengou/index.html
- 国立公文書館「明治改元」 — https://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/m01_1868_04.html
- 国立公文書館「大正改元」 — https://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/t15_1926_01.html
よくある質問
平成32年って西暦何年?
平成は31年(2019年)で終わったため、平成32年は存在しません。ただし数え方をそのまま延長すると2020年にあたり、これは令和2年です。古い書類や有効期限の表記で見かけた場合は令和2年を指していると考えられます。このツールの「和暦→西暦」で平成32年と入力すると、この案内が表示されます。
1989年は昭和64年?それとも平成元年?
両方あります。1989年1月7日までが昭和64年、1月8日からが平成元年です。昭和から平成への改元は、政令が「公布の日の翌日から施行」と定めたため、崩御された1月7日は丸ごと昭和64年のままでした。
1912年7月30日は明治45年?大正元年?
この日は明治45年7月30日であり、同時に大正元年7月30日でもあります。明治から大正、大正から昭和への改元は「即日改元」で、その日から新元号が適用されたため、1日が2つの元号にまたがります。このツールでは該当する日を入力すると両方の表記を表示します。
和暦の1年目はなぜ「元年」と書くの?
元号が改まった最初の年を「元年(がんねん)」と呼ぶ慣習によるものです。「令和1年」と書いても間違いではありませんが、公文書では「令和元年」と表記されるのが一般的です。このツールでは1年目を「元年」と表示しています。